item

峰 厚介

item

updated on August 25, 2010

1944年2月6日 東京生まれ。
中学時代ブラスバンド部に入りクラリネットを吹き始める。17才頃にはクラリネットでバンドのアルバイトを始め、この頃よりアルトサックスも吹き始める。
高校2年の頃、ジャズ喫茶でレコードを聴いたのがジャズとの出会いである。

1963年にジャズバンドに入りジャズクラブで演奏を始め、1969年にピアニスト菊地雅章に見出され彼のバンドに入団、解散する1973年まで在籍する。
1970年には初のリーダーアルバム「MINE」を発表する。
この年スィングジャーナル誌の読者人気投票アルトサックス部門で渡辺貞夫に次ぐ第2位となり新人アルト・プレイヤーとして注目を集める。1971年にはピアノのMal Waldronの日本公演及びライブレコーディングに参加、また菊地雅章とJoe Hendersonのコンサートにも参加する。この年よりテナー・サックスも吹き始める。

1973年菊地雅章バンド解散後、ニューヨークに渡り2年間滞在する。この期間にも一時帰国して、菊地雅章のコンサートに出演し、自己のアルバムレコーディングも行うなど活動を続ける。

1975年帰国後すぐに自己のグループを結成して演奏活動を開始、1976年にはGil Evansオーケストラの日本公演にアルトプレイヤーとして参加する。

1978年には本田竹広らとネイティブ・サンを結成しコンサート、アルバム制作(計8枚)など精力的な活動でジャズ・フュージョングループとして人気を博す。1983年同グループでサンパウロ(ブラジル)、モントルー(スイス)のジャズ・フェスティバルに出演、ニューヨークのクラブでもライブを行う。

その後、板橋文夫、井野信義、村上 寛の3人と結成したFour Soundや富樫雅彦のJ.J Spiritsなどを経て1992年、自己のリーダーグループ峰クィンテットを結成。1993年にはこのグループによる久々のリーダーアルバム「Major to Minor」を出し、この年のスィングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞の日本ジャズ賞を受賞する。1996年には同グループでニューヨークのクラブ「バードランド」に出演、1997年には同グループ3枚目のアルバム「Balancez」を出す。

現在、自己のグループ以外にも渋谷 毅オーケストラをはじめ数多くのセッションに参加している。
2004年には渋谷 毅、林 栄一を迎えリーダー作「Rendezvous」をリリース。
また2008年には峰厚介カルテットに"ネイティヴ・サン"の福村 博、若手ナンバー・ワンの人気・実力派、松島 啓之らを迎えたスタンダード作品「プレイズ・スタンダード」を発表する。

リーダーアルバム以外のレコーディングでは菊地 雅章、Mal Waldron、渡辺 貞夫、日野 皓正、富樫 雅彦、渋谷 毅オーケストラやNative Son, Four Sounds などを含め40枚以上のセッションに参加している。