> April 11, 2015

(Song X Interview - vol.001)『Flight』Keiji Matsui + Kan Fukuda

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 ベーシスト、作曲家、プロデューサーなど多方面で活躍する音楽家の松井敬治。彼がみずからエンジニアを務める「echo and cloud studio」は、武蔵野の住宅街にある。井の頭公園からもほど近い閑静な一角。豊かな木々に囲まれた建物はもともと設計事務所だったそうで、いまから10年ほど前、松井が友人たちの力を借りつつほぼ手造りで改装した。開放感あふれるドーム型の天井を持ち(高さは7メートル!)、大きなアーチ状の窓からはその時々の空の色や雲の動き、光の加減などがきれいに見える。訪れた演奏者たちが、まるで親しい友人宅の居間にいるようにくつろいだ気分になれる、知る人ぞ知るプライベートスタジオだ。

 気密性の高い都会のレコーディングスタジオとは真逆ともいえる、風通しのいい空間。親密な雰囲気とアコースティックな響きに魅了されたミュージシャンは国内外に少なくない。例えばカエターノ・ヴェローゾの"盟友"として知られるヴァニシウス・カントゥアリアもそのひとり。ツアーで日本を訪れた際に温かい音色に惚れ込んだこの異能のシンガー・ソングライターは、アントニオ・カルロス・ジョビンに捧げる最新作『Vinicius canta Antonio Carlos Jobim』のベーシックトラックを「echo and cloud studio」で録音した。また2011年にJR九州新幹線開通のキャンペーンソング「Boom!」がYouTubeで大ブレイクしたスウェーデンの女性シンガー・ソングライター、Maia Hirasawa(マイア・ヒラサワ)も、この場所の大ファン。同曲を収録した日本デビューアルバムも日本パートのレコーディングは松井が手がけている。いまも来日時にはふらりと遊びにきて、弾き語りを吹き込んでいったりするそうだ。住宅をDIYで作りかえた場所だから、もちろん爆音は鳴らせない。むしろ小さな音を繊細に聴き分け、ある場所固有のアンビエンスにこだわる音楽家たちの"隠れ家"として、記憶に残る演奏を生みだしてきた。

 本作『Flight』はそんな愛すべきプライベート・スタジオを用いて、松井敬治自身がひとり5年ごしで制作したアルバム。天窓から射しこむ柔らかい光と、居心地いい空気をそのまま真空パックしたような、愛すべき作品集だ。世の中には、家の気配と分かちがたく結びついた名盤というものが存在するが(例えばザ・バンドの『Music From Big Pink』や、ザ・ローリング・ストーンズの『Exile on Main St.』などを想起してほしい)、穏やかなインストゥルメンタルが主体の本作もまた、その系譜に連なる1枚と言えるだろう。収録された13のトラックはそれぞれ違うリズムや構造を持ちつつ、どこか共通の手触りを感じさせる。やさしく人の温もりがあって、リスナーを励ましてくれる明るいトーン...。さまざまな楽器の音色とスタジオ固有の残響とが溶けあって、聴くほどに「この場所でしか生まれえない世界」が見えてくる。けっして声高ではないけれど、聴き手のなかに心地よい映像を喚起してくれる音楽。『Flight』というアルバムが稀有な魅力をたたえている秘密は、そこにこそあると筆者は思う。

 そして今回、そのインスピレーションを根底で支えているのが、共作者・福田寛のすばらしいアートワークだ。ふたりの出会いは2003年のこと。あるバンドをプロデュースするにあたってCDジャケット用のイラストを探していた松井が、行きつけのカフェの併設ギャラリーでたまたま福田の展示を見かけたのがきっかけだった。松井いわく「ポップさとアバンギャルドさが絶妙に共存し、可愛いのになぜか毒気もある」画風に惹かれ、その日のうちに意気投合。以来、親交を深めながら「一緒になにかやりたいね」と話し合ってきたという。『Flight』のプロジェクトが動き始めたのは2010年。そこに込めた想いを、松井は次のように振り返る。

「豪華なリーフレットが付いたCDというのは、よくありますよね。でも僕らが創りたかったのはそういうものとは違う。音楽と絵が完全に等価なものとして響き合い、どちらか一方が欠けても成立しないような世界です。もともと彼の絵には、同じ表現者として嫉妬を覚えるくらいに強く惹かれていましたし。付き合いが深まるにつれて、尊敬の気持ちも強くなっていった。ちょうどその頃、福田くんが絵本を描き始めたこともあって...。共作という形でふたつを融合できれば、特別なものが作れる気がした。それで声をかけたんです」(松井)

 楽曲を説明するイラストレーションでもなければ、絵の内容にぴったり沿ったBGMでもない。 音楽家と絵描きがそれぞれ自由に想像力を羽ばたかせ、互いにインスピレーションを与えながら豊かになっていく世界──。やがてふたりの間で、「Flight=空を飛ぶこと」というモチーフが自然に浮かんできた。福田によれば、当初のやりとりはこんな感じだったそうだ。

「たまたま見つけた海外の古い雑誌に、『飛行』にまつわるイメージをランダムに集めたものがあって......それがとってもチャーミングだったんです。言葉そのものにも広がりが感じられて、それこそ想像力次第でどこまでも飛んでいける。明るくてポジティブな語感もいいよね、というような話もしたと思います。それでまず僕が、ラフスケッチを描いて松井さんに渡したのかな。小さな鳥たちが森の中を抜け、街の上空を飛んだりしているごく簡単なスケッチ。そこから少しずつ、時間をかけてキャッチボールが始まりました」(福田)

 柔らかなタッチの水彩画には、文字も文章も入っていない。だが、旅する鳥たちの絵をひとつひとつ眺めていると(まるで美しい風景に触発されたように)いろんな物語が浮かんでくるから不思議だ。空を飛ぶ喜びと、新しい世界への希望。ふとした瞬間に感じる不安や孤独、ちょっとした哀しみ。めぐりゆく季節と別れ、そして次なる出会い。一見、牧歌的な色彩の後ろ側には、驚くほど生っぽいエモーションが見えかくれしたりもする。

「僕はもともと彫刻など立体造形を手がけていて、絵を描き始めたのは人よりかなり遅かったんですね。 絵本に取り組むようになったのはさらに最近で、いまも悩みつつ続けています。大きなキャンバスで自由に手を動かせる絵画と、ある程度決まった寸法に収めなければいけない絵本とでは、アプローチがまるで異なる。全体で大きな流れを作りつつ、自分でもコントロールしきれない余白的な部分をいかに残せるか──。自分にとってそこは現在進行形の課題だと思います。ただし、言葉に頼らず何かポジティブなものを伝えたいという気持ちだけは昔から変わらない。手法として毒っけを用いることはあっても、表現というのは究極的には明るい方を向いてなきゃいけないと僕は思うんですね。『Flight』を共作して一番嬉しかったのは、松井さんがそういう想いをちゃんと掬いとり音楽で表現してくれたこと。上がってきた曲の完成度に驚き、ときには打ちのめされ、何度もスケッチし直したのを覚えています」(福田)

 もちろん苦労したのは画家だけではない。 音楽家は音楽家で、絵本に喚起された記憶や感情をひとつひとつ丁寧に音に置き換えなければいけなかった。その行程は機織りにも似て「とてつもなく細かく手間がかかった、もう二度とできないかもしれない」と松井は笑う。

「曲想はわりあいすんなり出てきたのですが、いざディテールを作り始めるとひとつのテイクを作ってはやり直し、作ってはやり直しの繰り返しで......とにかく時間がかかってしまいました。2011年3月11日の震災を挟んで、おそらく多くの人がそうだったように、自分がすべきことを見つめ直した期間も長かった。ただ、あの大きな出来事を経験し、すさまじい言葉の応酬なども目の当たりにした後で、結果的には『たとえ小さくても聴く人が安らげる、灯りのような音楽にしよう』と思えた気がします。もし聴いた人がこのアルバムに柔らかい光を感じてくれるのだとしたら、そういった心情の変化も影響してるんじゃないかな」(松井)

 ギター、ベース、ドラムス。ピアノとオルガン。コントラバスとチェロ。さらにはフルート、コルネット、コーラスワークまで。本作に収められた全パートは「echo and cloud studio」で松井自身が生演奏した。もちろん録音やミキシングもすべて自分で担当。人の手を一切借りず、慣れない楽器にもあえて挑んだのは「福田くんと孤独を分かち合いたかったから」。

「絵を描く人は基本、作業中はずっと自分と向き合わなきゃいけないわけですよね。今回は僕もそれにならって、ひとりでどこまでやれるか試してみたかった。しかもサンプリングは使わず、このスタジオ特有の響きを生かして、すべてのパートをアコースティックで録音するというのが音楽的なコンセプトでした。この機会に欲しかったチェロを買って、運指の練習から始めたり。中学校のブラスバンド以来、数十年ぶりにコルネットを吹いてみたり(笑)。パートによってはなかなか納得いくパートが録れず、100テイク以上重ねたこともありました」(松井)

 まずはギターやピアノで曲の軸となる旋律を奏でて、そこに膨大なパートを塗り重ねていく。かつてはOWL、the primroseなどオルタナ色の強いバンドを率い、内省的でエモーショナルなサウンドを得意とする松井にとって、これはまったく新しい経験だった。

「過去の自分と果てしなくセッションを重ねている感覚というか......少しずつ色彩を加えながら目指すべき絵本のイメージへと近付けていく、いわば絵画的アプローチだったかもしれません。自分の中にあるネガティブな音像を一度すっかり取り払い、聴いてくれた人がホッとするような明るい色で曲を描いていくのは新鮮な作業でした。しかも今回、自分ひとりでミュージシャンとエンジニアを両方こなさなければいけなかったので。それぞれのこだわりや思い入れが、自分のなかで分裂してしまうケースも少なくありませんでした。まさに行ったり来たりの繰り返しで、セルフプロデュースの難しさを痛感しました」(松井)

 だからこそ、と言ってもいいだろう。自分の内面としっかり向き合い、膨大な試行錯誤の末に紡ぎだされた『Flight』の収録曲はどれも、シンプルでありながら繊細な美しさを湛えている。例えば「Aメロ、Bメロ、サビ」という分かりやすい定型ではなく、まるでたゆたう波のように、いくつもの旋律が響きあって進んでいく構造。そのオーガニックな印象は、まさに福田が描いた絵の質感をそのまま表現しているようだ。

「制作中に迷ったときは、いつも絵本を眺めるようにしていました。そこに描かれた鳥たちは、森を抜け、山をこえ、ときには海をわたって街から街へと飛んでいく。そして多くの『Hello』と『Good-bye』を重ねながら旅を続けていきます。その姿は、もしかしたら僕やあなたの人生に似ているかもしれません。このアルバムはある絵描きと音楽が心を響きあわせ、そんな鳥たちがいる風景のためのサウンドトラックとして作ったものです。決まったストーリーはありません。手に取ってくれた人が想像力を働かせ、ページとページの間を自由に埋めてそれぞれの旅を体験してくれれば、送り手としてこんなに嬉しいことはありません」(松井)

Interview & text by 大谷 隆之 Takayuki Otani